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里山辺かるた「ふ」
更新日:2026年9月30日更新
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須々岐水(すすきがわ)神社の成立は不明な部分が多いのですが、寛平四年(八九二)の三代実録によると「須々岐水神社に対して従五位下の神階が授けられた」とあります。また、延暦十八年(七九九)に渡来系氏神の卦婁真老(けるのまおい)が須々岐氏の姓を賜ったという記録があることから、卦婁(けるの)氏との関係を語る説もあります。いずれにしても、古くからの由緒ある社です。

よもやま話(里山辺の三大神社Ⅰ)
里山辺地区には大きな三つの神社があります。まず須々岐水神社を取り上げましょう。
江戸初期の大きな村であった『里山辺村』の氏神様です。古くから薄川の水神様として祀られたと考えられています。寛平四年(八九二)の三代実録に「従五位下の神階が授けられた」とあります。また、延歴一八年(七九九)に渡来系氏族の卦婁真老が須々岐氏の姓を賜ったという記録から、卦婁氏との関係を語る説もあります。
須々岐水神社といえば『お船祭り』ですが、故金井圓先生は「以前は担架様のものであったが一七〇〇年代の中頃より現在の形式へと変化した」と推測されておられます。お船はいずれも『県宝』に指定されています。
江戸初期の大きな村であった『里山辺村』の氏神様です。古くから薄川の水神様として祀られたと考えられています。寛平四年(八九二)の三代実録に「従五位下の神階が授けられた」とあります。また、延歴一八年(七九九)に渡来系氏族の卦婁真老が須々岐氏の姓を賜ったという記録から、卦婁氏との関係を語る説もあります。
須々岐水神社といえば『お船祭り』ですが、故金井圓先生は「以前は担架様のものであったが一七〇〇年代の中頃より現在の形式へと変化した」と推測されておられます。お船はいずれも『県宝』に指定されています。

